マンション売却と契約不適合責任|知っていた不具合こそ書く理由
2026年8月15日

マンションを売ったあとに買主から「聞いていた話と違う」と連絡が来る。売主にとって、これがいちばん避けたい展開です。2020年4月1日に施行された改正民法で、このときの売主の責任は「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」へ組み替えられました。
名前が変わっただけの話に見えますが、売主にとっての勘所は正反対に近い方向へ動いています。旧法では「隠れていた欠陥」が責任の入口でした。現行法の入口は「契約の内容に適合しているか」です。つまり、自分が知っていた不具合ほど、契約書と告知書に書いておいたほうが安全になった、ということです。この記事では、条文と国土交通省の指針にあたって、告知書に何を書くか、免責特約はどこまで効くか、期間はどう数えるかに絞って整理します。
責任の入口が「隠れていたか」から「契約に書いてあるか」へ移った
旧法の売主は、買主が知らなかった=隠れた瑕疵についてのみ責任を負いました。裏を返せば、買主が知っていた不具合や、通常の注意で気づけた不具合は売主の責任外です。
現行の民法562条は、引き渡された目的物が「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないものであるとき」に買主の権利が生じると定めています。「隠れた」という言葉は条文から消えました。判断の基準は、その不具合が契約で予定されていた品質からの逸脱かどうかに移っています。
築25年のマンションで配管に相応の劣化があること自体は、通常なら契約で予定された品質の範囲でしょう。一方、売主が把握していた「過去に上階からの漏水で室内を張り替えた」という事実を伝えないまま契約書に何も書かなければ、買主は「その品質は契約の内容ではなかった」と主張できます。売主が知っていたかどうかではなく、契約に取り込まれていたかどうかで決まるのがポイントです。
買主が使える手段は4つに整理された
不適合があったとき、買主が取れる手段は次のとおりです。修補などを求める追完請求権と代金減額請求権が条文として整理され、損害賠償・解除とあわせて4つの手段が並ぶ形になりました。
| 買主の手段 | 根拠条文 | 売主側で押さえるところ |
|---|---|---|
| 履行の追完請求(修補・代替物・不足分) | 民法562条 | 買主に不相当な負担でなければ、売主は買主の指定と異なる方法で追完できる(562条1項ただし書) |
| 代金減額請求 | 民法563条 | 原則として先に相当の期間を定めた追完の催告が必要。追完が不能・売主が明確に拒絶した場合等は催告なしで請求できる |
| 損害賠償請求 | 民法564条・415条 | 債務不履行が売主の責めに帰することができない事由によるときは請求できない |
| 契約の解除 | 民法564条・541条・542条 | 催告解除は、不履行が契約および取引上の社会通念に照らして軽微であるときは認められない(541条ただし書) |
「不具合が見つかった=即座に契約を白紙に戻される」わけではありません。減額の前には催告があり、解除には軽微でない不履行が要ります。売主として現実的に想定すべき最初の一手は、多くの場合修補または修補費用相当の負担です。
引渡し後に起きたことまで背負うわけではない
民法567条は、引渡し後に当事者双方の責めに帰することができない事由で目的物が滅失・損傷しても、買主は追完・減額・賠償・解除を主張できず、代金の支払も拒めないと定めています。争点になるのは、あくまで引渡しの時点ですでにあった不適合です。
知っていた不具合ほど、告知書に書いたほうが売主の側が守られる
ここが実務の核心です。告知書(物件状況等報告書)に不具合を書けば、買主はそれを知ったうえで価格に納得して契約します。書かれた不具合は契約の内容に取り込まれるため、あとから「不適合だ」と言われる余地が小さくなります。
逆に、書かないことで得られる安心はありません。民法572条は、担保責任を負わない旨の特約をしていても、売主が「知りながら告げなかった事実」については責任を免れることができないと定めています。免責特約を入れたから大丈夫、という発想は、知っていた事実に関しては成り立ちません。
さらに、期間の制限も味方をしてくれません。民法566条は、種類・品質の不適合について買主に「不適合を知った時から1年以内の通知」を求めていますが、そのただし書は「売主が引渡しの時にその不適合を知り、又は重大な過失によって知らなかったとき」はこの限りでないとしています。知っていて黙っていた売主は、1年の通知期間による保護からも外れます。
書き漏らしの責任は、仲介会社ではなく売主に残る
この構造がはっきり書かれているのが、国土交通省の「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(令和3年10月)です。同ガイドラインは人の死に関する事案を扱ったものですが、媒介を行う宅建業者について、売主に告知書等への記載を求めることで「媒介活動に伴う通常の情報収集としての調査義務を果たしたものとする」とし、「告知書等に記載されなかった事案の存在が後日に判明しても、当該宅地建物取引業者に重大な過失がない限り、人の死に関する事案に関する調査は適正になされたものとする」と明記しています。
売主として読むべきはこの一文です。書き漏らしても仲介会社が肩代わりしてくれるわけではなく、責任は売主のところに残るという設計になっています。同ガイドラインは、媒介業者が売主に対して「事案の存在について故意に告知しなかった場合等には、民事上の責任を問われる可能性がある旨をあらかじめ伝えることが望ましい」ともしています。告知書は形式的な紙ではなく、後日トラブルになり訴訟等に発展した場合に証拠資料になり得る書面である、というのが同ガイドラインの位置づけです。
なお、契約後・引渡しまでの間に知った事実についても媒介業者に告知義務があるとした裁判例がある旨が同ガイドラインに示されています。契約書に押印したあとで気づいたことも、引渡しまでに伝えるのが正解です。
マンションで書き漏らしが起きやすいのは、自分の目が届かない場所
戸建てと違い、区分所有のマンションでは売主本人が知らない不具合が管理組合側に蓄積していることがあります。書けないのではなく、聞いていないから書けない、という取りこぼしです。売り出し前に管理組合・管理会社へ照会しておきたいのは次のあたりです。
- 過去の漏水事故の履歴――上階・下階との間で起きた事故は、当事者でなければ記録が手元にありません
- 給排水管の状態と更新計画――国土交通省のQ&Aによれば、給排水管路や給排水設備等は建物状況調査の調査対象ではなく、オプション調査として依頼できる場合があるとされています(マンション売却の建物状況調査で扱っています)
- 大規模修繕の実施履歴と次回予定、長期修繕計画の改定状況
- 耐震診断の有無と結果――旧耐震の建物では買主の関心が高く、構造上の弱点が指摘されている物件ではとくに問われます
- 専有部分に行ったリフォーム・間取り変更の内容と時期――管理規約の届出を経ているかを含めて
照会しても「不明」という回答しか得られないことはあります。その場合に書くべきは「無」ではなく「不明」です。人の死の告知に関するガイドラインでも、照会先から不明と回答された場合や無回答の場合には、宅建業者は買主に対してその旨を告げれば足りるものとされています。分からないことを「無」と断定せず、分からないと書いて残すほうが、あとから事実が判明したときの立場を守ります。
あわせて、管理費・修繕積立金に未納があるなら引渡しまでに整理しておきます。区分所有法8条により、管理組合が管理費等について有する債権は債務者である区分所有者の特定承継人=買主に対しても行使できるため、売却前の精算を段取りしておくほうが手取りは残ります。
「2年」「1年」「5年」――どれが何の期間なのかを取り違えない
ここは検索で出てくる情報がいちばん混線している部分です。性質の違う3つの期間が同じ「契約不適合責任の期間」として語られています。
| 何の期間か | 内容 | 誰に適用されるか |
|---|---|---|
| 通知の期間(民法566条) | 種類・品質の不適合について、買主が不適合を知った時から1年以内にその旨を売主へ通知する必要がある | すべての売買。ただし売主が引渡し時に不適合を知っていた/重過失で知らなかったときは適用されない |
| 特約の制限(宅建業法40条) | 種類・品質の不適合に関する民法566条の期間について、引渡しの日から2年以上とする特約を除き、買主に不利な特約は無効 | 宅建業者が自ら売主となる場合だけ。個人が売主の中古マンションには適用されない |
| 消滅時効(民法166条) | 権利を行使できることを知った時から5年、行使できる時から10年で時効消滅 | すべての売買。通知を済ませた買主の権利にも、別途この時計が進む |
よく見かける「契約不適合責任は2年」という説明は、宅建業者が売主のときの下限規制であって、個人が自宅マンションを売るときのルールではありません。個人売主の売買では、特約で期間を短く区切ること自体は可能です。
もうひとつ、566条は「通知」の期限であって権利行使の期限ではありません(条文の見出しも「目的物の種類又は品質に関する担保責任の期間の制限」です)。買主は1年以内に不適合の内容を売主へ知らせておけばよく、修補や減額の請求そのものを1年で終える必要はありません。「1年たてば安全圏」ではなく、通知が届いた案件は時効の期間まで生き続けます。
人の死をどう扱うか――「3年たてば告げなくてよい」は賃貸の話
心理的な事情の告知は、期間の目安が独り歩きしやすい論点です。国土交通省のガイドラインは、告げなくてもよい場合を次のように整理しています。
| 事案 | 売買取引 | 賃貸借取引 |
|---|---|---|
| 自然死・日常生活の中での不慮の死(転倒、入浴中の事故、誤嚥など) | 原則として告げなくてよい | 原則として告げなくてよい |
| 上記以外の死、または特殊清掃等が行われた場合 | 「概ね3年」の目安は置かれていない | 発生・発覚から概ね3年経過後は原則として告げなくてよい |
| 隣接住戸、日常生活で通常使用しない共用部分での事案 | 原則として告げなくてよい | 原則として告げなくてよい |
「概ね3年」の目安が示されているのは賃貸借取引と、借主が日常生活で通常使用する集合住宅の共用部分についてです。売買取引の対象となる住戸そのものについて、ガイドラインは期間の目安を置いていません。3年という数字を売買にそのまま当てはめる説明を見かけたら、それは前提が違います。
また、期間や死因にかかわらず、買主から問われた場合や、社会的影響の大きさから買主が把握しておくべき特段の事情があると認識した場合には告げる必要があるとされています。一方で、告げるときも亡くなった方や遺族の名誉と生活の平穏に配慮し、氏名・年齢・住所・家族構成・具体的な死の態様や発見状況までは告げる必要がないとされています。
なお、このガイドラインは宅建業者が宅地建物取引業法上負うべき義務の解釈を整理したものであり、ガイドラインに沿った対応をしても民事上の責任を回避できるものではない、と同文書自身が述べています。売主自身が負う告知義務は、これとは別に信義則上の問題として判断されます。「ガイドラインの範囲だから書かなくてよい」ではなく、「買主が知りたいと思うかどうか」で判断するのが、結局いちばん安全です。
手取りを守る手当ては、免責特約だけではない
売却額から費用と税金を引いた手取りを守るという観点で、契約不適合責任のリスクには3つの手当てがあります。
1つめは特約の設計です。全部免責にすれば安心という話ではないことは前述のとおりですが、対象を「給排水設備など主要な設備」に絞り、期間を引渡しから一定期間に区切る形の特約が用いられることがあります。ここで大事なのは、特約の内容と告知書の中身がずれていないかです。告知書に書いた不具合を特約でさらに免責する必要はありませんし、書いていない不具合を特約でカバーしようとしても572条の壁があります。
2つめは既存住宅売買瑕疵保険です。国土交通省の手引きによれば、売主が宅建業者以外の場合にも「個人間売買タイプ(検査事業者保証型)」があり、登録検査事業者が検査と保証を行い、瑕疵が見つかったときは住宅瑕疵担保責任保険法人から補修費用等が支払われます(一定の免責事由あり)。引渡し前に検査を受け、基準に適合すれば加入できます。手引きが挙げる保証の対象は構造耐力上主要な部分と雨水の浸入を防止する部分で、それ以外の部位まで対象になるかは商品によって異なります。加入を検討するなら、対象範囲と免責事由を検査事業者・保険法人に確認してください。
3つめは価格での調整です。不具合を告知したうえで、修繕を買主側で行う前提の価格にする方法です。手取りは目先で下がりますが、引渡し後に追完や減額を請求される不確実性を、あらかじめ価格に織り込んで消せます。修繕して売るか、告知して価格を下げるかは、修繕費用と値引き幅を並べて比べるのが判断の筋道です。
告知書を前に迷いやすい5つの場面
10年以上前に直した雨漏りも書くべきでしょうか。すでに再発していません。
書いておくほうが安全です。現行法では「隠れていたか」ではなく契約の内容に適合するかで判断されるため、補修済みという事実まで含めて書くことに意味があります。「◯年に雨漏りが発生し、◯年に補修済み。以後再発なし」と経緯を書けば、買主はその状態を前提に契約します。書かずに済ませて、あとから補修跡が見つかるほうが厄介です。
免責特約を入れれば、告知書は簡単に済ませてよいのでは。
逆です。民法572条により、知りながら告げなかった事実については特約があっても責任を免れられません。免責特約が効くのは「売主も知らなかった不具合」の領域であり、知っている不具合は書いて契約に取り込むしか処理の方法がありません。特約と告知書はセットで、告知書のほうが先です。
買主から不具合の連絡が来ました。すぐに解除される可能性はありますか。
ただちに解除になるとは限りません。催告による解除は、期間経過時点の不履行が契約および取引上の社会通念に照らして軽微であるときは認められません(民法541条ただし書)。代金減額も、原則として相当の期間を定めた追完の催告が先行します。まずは事実関係を確認し、修補で対応できる範囲かどうかを仲介会社と整理してください。
親から相続したマンションで、住んだことがありません。何も知らないと書いてよいですか。
知らないことを「無」と書くのは避けてください。管理組合や管理会社への照会を経たうえで、把握できなかった項目は「不明」と記載します。ガイドラインでも、照会先から不明と回答された場合や回答がなかった場合は、その旨を告げれば足りるとされています。照会もせずに「無」と書くと、後日事実が判明したときに立場が弱くなります。
契約後に、管理組合から過去の漏水事故の記録が出てきました。今さら伝えると契約が壊れませんか。
引渡しまでに伝えてください。ガイドラインは、契約後・引渡しまでに知った事実についても媒介業者に告知義務があるとした裁判例に留意すべきとしています。伝えれば買主と条件を調整する余地がありますが、伏せたまま引き渡せば、知りながら告げなかった事実として572条の対象になります。
書くか書かないかで迷ったら、書いて残す
契約不適合責任という制度は、売主から見ると「情報を出した人が守られる」構造になっています。知っている不具合を書けば契約の内容になり、書かなければ免責特約も1年の通知期間も助けてくれません。判断に迷ったときの原則は「迷ったら書く」のひとつで足ります。
売り出しの前にやることは、順番にすると3つです。第一に、管理組合・管理会社へ漏水履歴・修繕履歴・耐震診断の有無を照会する。自分の記憶だけで告知書を埋めないためです。第二に、把握できた事実を告知書へ具体的に書き、分からない項目は「不明」と記す。第三に、告知書の内容を踏まえて、免責特約の範囲・瑕疵保険の利用・価格での調整のどれで手当てするかを仲介会社と決める。この順番を逆にすると、特約だけ整えて中身が空という、いちばん危うい形になります。
なお、個別の契約条項の効力や、実際に不適合にあたるかどうかの判断は、契約内容と物件の状況によって変わります。争いが生じそうな事情がある場合は、媒介を依頼している宅建業者や弁護士など専門家に早めに相談してください。








